横浜地方裁判所 昭和52年(ワ)2056号
原告
江口勝
原告
重松正寛
右原告ら訴訟代理人弁護士
古閑孝
被告
学校法人浅野学園
右代表者理事
石山延雄
右訴訟代理人弁護士
上村恵史
同
会田努
同
山崎明徳
同
大沢公一
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が原告らに対し昭和五二年六月三日なした解雇の意思表示は無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は、肩書地(略)において浅野中学校、浅野高等学校を設置、経営する学校法人であり、右学校における生徒数は約一六〇〇名、教職員数は約八〇名である。
2 原告江口勝は、昭和四二年三月日本体育大学体育学科を卒業し高等学校教諭二級普通免許状(保健体育)を取得し、同年四月教諭として被告に雇用され一般体育の授業を担当していた者であり、原告重松正寛は、同四七年三月日本体育大学武道学科を卒業し高等学校教諭二級普通免許状(保健体育)を取得し、同年四月教諭として被告に雇用され剣道の授業を担当していた者である。
3 被告は、同五二年六月三日原告らに対し同月七日限りで解雇する旨の意思表示をした。
4 然しながら、右意思表示は左記の事由によって無効である。
(一) 原告らは被告に就職して以来体育授業に専念し著しい勤務実績をあげ、特に課外のクラブ活動では情熱を傾けて生徒指導にあたってきた。また、対外的にも原告らは神奈川県高体連の専門部副委員長のほか、原告江口は関東フットボール協会常任理事として、原告重松は、市内の剣道道場で師範代として、いずれも青少年のスポーツ振興に貢献している人格、識見共に優れた青年教師である。しかも原告らは職務外においても他の教諭らと協調し学校運営に協力してきたものである。しかるに被告は、原告らが学園の非民主的体質を改善し受験勉強偏重の教育方針を是正して体育教科を重視すべき旨主張することを嫌い、原告らを被告から追放すべく後記鈴木清貴らに対する原告らの教師としての正当な懲戒行為を違法な体罰であると決めつけ、これを口実に解雇したものである。したがって被告のなした原告らに対する本件解雇の意思表示は、解雇権の濫用であり無効である。
(二) 本件解雇は、原告らの鈴木清貴に対する懲戒行為を体罰であるとしてなされた懲戒処分であるところ、被告においては懲戒手続に関する就業規則は制定されていないけれども、最小限度の解雇の事由となるべき事実を明らかにして本人に弁明の機会を与えるとともに懲戒委員会の議に付さなければならないものである。しかるに被告は、本件解雇にあたり鈴木清貴の件はもとより解雇事由のすべてについて原告らに対し何ら弁明の機会を与えることなくPTAの圧力のもとに校長が独断で且つ恣意的に本件解雇の意思表示をしたものである。したがって、本件解雇は適正手続違反として無効である。
(三) 被告は、学校設立以来懲戒処分に関する就業規則を定めず慣行によって懲戒処分をなしてきたが、これまでに懲戒処分としてなされたのは、昭和四七年八月二六日関谷伊旦教諭が一生徒に暴行を加え傷害を負わせたとして譴責を受けたのと、同年一〇月山口敬三教諭が厳重訓戒を受けた二件のみである。関谷教諭は右事件以外にも昭和五一年頃生徒六名を平手で数回殴打し、生徒二名を喉輪で後頭部を壁にぶっつけ、他の生徒に対しては背後よりチョーク箱で数回殴打しまた膝蹴りにするなどの事件を起こしたが、いずれも教師の正当な懲戒行為として不問に付されている。これら被告が慣行として容認してきた懲戒処分の基準に照らすならば、原告らのした生徒に対する懲戒行為はいずれも問題にならないものであり、本件解雇はまさに差別的不公平な処分であって無効といわなければならない。
5 よって原告らは被告のなした本件解雇が無効であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2及び3の事実は認める。
2 同4の(一)のうち原告らが被告にあって体育指導を担当していたことは認めるが、校外でのスポーツ活動は不知、その余の事実は否認する。同(二)のうち被告が懲戒手続に関する就業規則を制定していないことは認めるがその余の事実は否認する。同(三)のうち被告において懲戒処分に関する就業規則を定めていないこと、被告の職員に対する懲戒は学校設立以来慣行によって行ってきたこと、関谷伊旦教諭に対し譴責処分、山口敬三教諭に対し厳重訓戒がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。
三 被告の主張
1 解雇の理由
被告は、原告らが被告の厳重な注意等にも反省することなく、再三にわたり生徒に暴行して傷害を与えるなどし、且つ、何事にも独善的で他の教師との協調性に乏しく正常な教育活動、学校運営を阻害することが多かったことに鑑み、原告らを教師としての適格性に欠けるものであり、これが原因は原告らの素質、性格にあって容易に矯正できないものであると判断し、学校の適正な運営を確保するため原告らを解雇したものである。なお、解雇の際には労基法所定の解雇予告手当及び退職金を提供した。
2 解雇理由を裏付ける具体的事実
(一) 原告江口について
(1) 原告江口は、昭和四八年三月二日当時浅野高校二年生であった高橋恒夫が一時限目の後の休み時間に登校し同原告の姿を見て便所に隠れたのを認めるや同人を保健室に連行し、同人の下腹部を蹴り平手で顔面を殴打した。そのため高橋は左鼓膜に全治約一週間の傷害を受け、耳鳴りの後遺症を残した。
被告は、原告江口を譴責処分にし、始末書を出させて反省を求めるとともに今後生徒に体罰を加えないよう注意した。
(2) 同五一年六月七日頃、当時浅野高校二年生であった石塚等が体育の授業中友人から誤って頭部を蹴られ脳波に異常が現れたので同人の母親のすすめで石塚が原告江口に対し「体育授業を休ませて欲しい」と申し出たところ、同原告は、石塚に対し「お前の母親は看護婦だったそうだが勉強が足りない」と述べ、これを伝え聞いた石塚の母親をして激怒させた。
(3) 同年九月頃、当時浅野高校二年生であった阿部正隆が不注意で右足を捻挫したので、原告江口に対し「体育授業を休ませて欲しい」と申し出た。これに対し原告江口は理由も聞かず爪先で阿部のみぞおち辺りを蹴り上げた。そのため阿部は、約二週間の通院加療を要する傷害を受けさらにこれが原因で発作性心臓頻搏症に罹患し通院加療を要した。
(4) 原告江口は同五二年一月頃、当時浅野高校二年生でラグビー部のキャプテンをしていた秋山仁志に対し「お前たちに本当の殴り方を見せてやる」といい、机を後ろに下げて同人を殴打した。そのため秋山は下顎がはれ、歯をいためるなどの傷害を負った。
(5) 原告江口は同年二月一二日、当時浅野高校二年生であった仲田敦郎がラグビーのヘッドキャップを忘れてきたことに関し「お前のような若造になめられてたまるか」といって同人の頬を殴打し、さらに正座させた上胸を蹴るなどの暴行を加え、そのため仲田は数日間頬がはれる傷害を負った。
(6) 同月一三日、当時浅野中学二年生であった浜野裕之はクラブ活動でアメリカンフットボールを練習中脳震盪を起こした。翌一四日浜野の父親から「アメリカンフットボールは危険なスポーツである。事故に対する緊急措置にも問題がある」と抗議を受けた原告江口は激高し、同人に対し「女のくさったやつだ。恥ずかしくないのか。どこでどんな教育を受けたのだ。恥ずかしくて名も云えないようなところだろう。夫婦で雁首そろえて謝りに来い」などと約一五分間にわたってまくし立て、同人の名誉感情を著しく毀損した。
(7) 原告江口は同年五月六日、当時浅野高校三年生であった鈴木清貴を体育教員室に呼び出し「三月一七日の夜にいたずら電話をしたのはお前だろう」と詰問し、原告重松と共謀の上同原告をして鈴木に対し足で蹴り手拳で殴るなどの暴行を加えさせ、さらに翌七日午前一一時五〇分頃鈴木を体育教員室に呼び、同人を正座させていたずら電話について詰問した上これを否定する鈴木に対し「お前が犯人だから警察にいけば少年院送りだ。お前は前科者になる。一生つきまとってお前の顔をぐちゃぐちゃにしてやる。子分にやらせてもよい。絶対復讐する。」などと強迫的言辞を以って自白を強要し、同日午後三時三〇分頃まで同人を監禁した。その間原告江口は、鈴木に対し平手打五回位、原告重松は平手打二回足蹴り六回位、膝つぶし一回、喉つき二回位の暴行を加えた。そのため鈴木は全治二週間を要する顔面打撲、口内挫傷、頸部打撲、左大腿部打撲症の傷害を受けた。
(二) 原告重松について
(1) 同四八年六月二九日、当時浅野中学三年生であった本多利明ら生徒二九名が風邪のため体育授業(水泳)を休ませて欲しい旨申し出たところ、原告重松は「風邪なら早退しろ」と云い、これを真に受けて帰ろうとした本多に対し平手で殴打した。これを聞いた学級担任教諭が校長に報告したところ、校長は原告重松に体罰は加えないよう注意した。ところが原告重松は右担任教諭に対し「なぜ校長に告げ口をしたか。一対一で話し合うから格技場へ来い。」などと云い、校長に対しても「なぜ他人は不問にして自分だけを責めるのか」と逆に抗議するなど反省の態度を見せなかった。
(2) 同年一〇月二六日、当時浅野高校三年生であった小柳博嗣が休み時間にテニスコート傍で原告重松の背中にカマキリをとまらせたところ同原告は激高し、謝る小柳を職員室へ連行した上殴打し椅子を投げつけた。
被告は右の件で原告重松に厳重訓戒を与えた。
(3) 同四九年四月一八日、当時浅野高校三年生で剣道部員であった池田浩、蒔田直志、関田裕次、福世秀秋、桜井悟、大西純一、鈴木直人ら七名が退部届を提出すべく体育教員室に出向いたところ、原告重松は、右七名に対し手及びバットで殴打し足蹴りにするなどの暴行を加え、右生徒らに顔面打撲の傷害を負わせた。
被告は、原告重松に出勤停止一〇日間の懲戒処分をし、訓戒した。
(4) 同五一年九月一日、当時浅野高校二年生で剣道部員であった鈴木邦彦が退部届を原告重松のもとに提出に行ったところ、同原告は鈴木が退部を思いとどまらないことに立腹し、同人に対し殴打、足蹴りにするなどの暴行を加え、「お前のような馬鹿から剣道をとったら何が残る。半殺しにしてやる。」などの暴言を吐いた。これを知った校長が原告重松に反省を求めると、同原告は「今後絶対やらないと約束しても守れる自信がないから調子よい返事はできない」と放言し反省の態度をみせなかった。
(5) 同年一一月二四日、当時浅野中学二年生であった岡田正雄が原告重松に対し「運動場のハードルを倒したのは二年A組の者ではない」と抗議するや、同原告は岡田の胸ぐらをつかみ足蹴りにし、さらに逃げ出した岡田めがけて革製の大型巻尺をケースごと投げつけたところ、右ケースが岡田の口付近にあたった。そのため同人は口腔裂傷、奥歯一本破折の傷害を負った。
(6) 原告重松は、同江口に関する前記(7)記載の暴行、監禁を同原告と共謀で行った。
なお、五月七日は鈴木が四時限の授業があるのにこれに出席させず、原告重松も担当の授業を放置して右の暴行、監禁をなしたものである。
(三) 原告両名について
(1) 被告は同五一年一一月、体育科教諭に早大出身の島田佐一郎を採用することに内定したところ、原告らはこれに反対し、同五二年二月一四日島田に対し「我々に歓迎されない人だ」と述べ、島田をして被告への就職を断念せしめ、さらに原告らの右態度を批判した他の教諭に対し執拗ないやがらせをした。
(2) 原告らは欠勤や受持の体育授業を自習にすることが多く、昭和五二年一月八日より同年三月二四日までの勤務状況をみると、欠勤日数は原告江口が一三日、同重松が三日、出勤したが授業を自習にした日数は高校二年について調べた限りでは原告江口は二五日、同重松は五日である。右のほか、原告江口は、昭和四九年に高校一年のあるクラスにつき三か月も授業をしなかったことがあった。
(3) 原告らは自分達の行動を批判する者に対して執拗な攻撃を加え、自らの要求を実現するためには他を威圧するなどし、他の教職員との協調性や配慮に欠けていた。
3 本件解雇に至るまでの被告が経由した手続
原告らの鈴木清貴に対する暴行、監禁事件を知った被告の校長は昭和五二年五月八日鈴木清貴外二名の生徒から、翌九日原告らからそれぞれ事情を聴取した。そして校長は原告両名に対し四月一二日から自宅で謹慎するよう命じ、同月一二日には原告らと鈴木の父親とを面接させ原告らより右父親に対し事情を釈明させた。校長は同月一六日職員会議を開き原告らを呼んで教職員に対し右事件に関し事情説明をさせた。同月一七日、学園教育の正常な運営を期するための校長の諮問機関である企画委員会(教頭、教務主任、事務長、教諭ら九名で構成)において右事件が討議され、原告らに対する処分の必要性が強調されたが、その後の同委員会では解雇もやむを得ないとの意見が大勢を占めた。また、校長、教頭、教務主任で構成する三役会議は連日のように開かれ、原告らの処分問題が討議された。被告は同月二六日理事会を開き校長からの経過報告に基き原告らの処分を慎重に討議した。その結果、出席理事五名全員一致を以って、原告らを解雇せざるを得ないが教諭である立場を考え同月三一日までの間に自発的退職を勧告する旨決議した。そして校長は、同月三〇日原告らに対し右決議の趣旨を伝え任意退職を勧告したが、原告らはこれを拒絶した。そこで被告は、同年六月二日理事会を開き原告らを同月七日付を以って普通解雇することを出席理事四名全員一致で決議した。これに基づいて同月三日原告らに対し本件解雇の意思表示がなされたのである。
4 以上のように被告の原告らに対する解雇には正当な事由があり手続上にも何らの瑕疵はないから本件解雇は有効である。
四 被告の主張に対する原告らの認否及び反論
(認否)
1 被告の主張1(解雇の理由)のうち解雇の際被告から予告手当及び退職金の提供のあったことは認めるが、その余の事実は否認する。
2 同2(解雇理由を裏付ける具体的事実)につき
(一) (一)の(1)のうち原告江口が高橋恒夫に対し下腹部を蹴り平手で顔面を殴ったこと、そのため高橋が左鼓膜に全治一週間の傷害を与えたことは否認するが、その余の事実は認める。
(二) 同(2)のうち原告江口が石塚に対し「お前の母親は勉強が足りない」と云ったことは否認、石塚の母親が怒ったことは不知、その余の事実は認める。
(三) 同(3)のうち原告江口が阿部に対し暴行を加え傷害を与えたことは否認する。阿部が右足を捻挫していたこと及び心臓頻搏症に罹ったことは不知、その余の事実は認める。
(四) 同(4)のうち秋山が傷害を受けたことは不知、その余の事実は認める。
(五) 同(5)のうち原告江口が仲田に対し暴行を加え傷害を負わせたことは否認、その余の事実は認める。
(六) 同(6)のうち浜野がアメリカンフットボール練習中脳震盪を起こしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(七) 同(7)及び同(二)の(6)のうち原告らが五月六日と七日の両日鈴木をいたずら電話の件で問い質したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(八) 同(二)の(1)のうち本多ら二九名からその主張のような申出のあったこと、原告重松が校長に対し反論したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(九) 同(2)のうち小柳が原告重松の背中にカマキリをとまらせたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(一〇) 同(3)のうち池田ら七名から退部申出のあったこと、原告重松が出勤停止一〇日間の処分を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(一一) 同(4)のうち鈴木から退部申出のあったことは認めるが、その余の事実は否認する。
(一二) 同(5)のうち岡田が原告重松に抗議したこと及び同原告が岡田に対し巻尺ケースを投げたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(一三) 同(三)の(1)のうち島田が原告らの言動が原因で被告への就職を断念したこと及び原告らが島田の件で他の教諭に対しいやがらせをしたことは否認するが、その余の事実は認める。
(一四) 同(2)及び(3)の事実は否認する。
(一五) 同3のうち原告らが五月九日校長から鈴木清貴の件につき事情聴取を受け、同月一二日以降自宅謹慎を命ぜられたこと、同月一二日原告らが鈴木の父親に会い事情を説明したこと、同月一六日開催の職員会議に原告らが出席して右事件につき釈明したこと、同月三〇日校長から原告らに対し任意退職の勧告があったこと及び同年六月三日原告らが解雇の意思表示を受けたことは認めるが、その余の事実は不知。
(反論)
1 鈴木清貴に対する懲戒行為について
原告江口の自宅に昭和五一年一二月中旬頃から深夜にいたずら電話がかかるようになり、同五二年四月二七日には原告重松の下宿先にも深夜にエロテープを流すいたずら電話がかかったところ、右いたずら電話をする者の中に鈴木清貴がいるとの情報を得た原告らは、同年五月六日鈴木から事情を聞いたが同人がこれを否定したので翌七日再び鈴木を呼出し、同日正午頃から午後三時頃までの間体育教員室において同人に反省を求めた。最初鈴木は不貞くされた反抗的態度をとったので原告らはその態度を強く戒め注意したが、午後一時頃には反省の色もみえたのでパン二個と牛乳を出して食事をとらせ、以後雑談風に説諭したにすぎないのである。
2 原告江口の高橋恒夫に対する懲戒行為及び浜野裕之の父親に対する言動並びに原告重松の本多利明ら七名の剣道部員及び鈴木邦彦に対する各懲戒行為について
右に関する被告の主張はいずれも事実を歪曲ないし捏造したものである。
3 島田の就職辞退について
体育科では陸上競技を専門とする教諭を必要としていたため原告ら体育教員室では体育科教諭の新規採用につき十分討議をなし候補者に順位をつけて校長にその名簿を提出した。島田候補は学生時コーラス部に属し陸上競技は専門でなかったので候補者の選からはづされた。然るに校長は体育科教員室の意見を全く無視し島田候補を体育科教諭に採用する旨発表した。そこで体育科教員室は校長の余りにも独善的な採用決定に抗議し白紙撤回を求めるとともに学校の民主的運営を要望した。原告らは島田候補と面接した際被告主張の言葉を述べたが、会はいたって和やかな雰囲気の中で行われた。原告らは別に島田の歓迎会を催し島田氏の採用内定を祝し、同人も喜んでスキーの一級免状をとって赴任する、と述べた程で、同人が被告に就職しなかったのは全くの個人的事由によるものである。右事件は校長に対する体育科教員室の抗議事件であって、原告らの教師としての適格性とは全くかかわりのないものである。
4 原告らの勤務態度について
原告江口は昭和四九年二月頃、生徒達がアメリカンフットボールの授業をきかず実技もやろうとしないので反省を促すため数日自習をさせたところ約一か月後には生徒達も反省し積極的に学習するようになった。その他の自習も、すべて生徒に反省を求める教育効果をねらってしたものであって、正当な理由がある。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1、2及び3の各事実並びに右解雇の意思表示に際し被告が原告らに対し解雇予告手当及び退職金を提供したことは、当事者間に争いがない。
二 そこで本件解雇が権利濫用に該るか否かについて判断する。
1(一) (証拠略)を綜合すると、当事者の主張三(被告の主張)の2の(一)の(1)の事実(高橋恒夫関係)
(二) (証拠略)を綜合すると、同(2)の事実(石塚等関係)
(三) (証拠略)を綜合すると、同(3)の事実(阿部正隆関係、但し、阿部の発作性心臓頻搏症が原告江口の暴行を原因として生じたものであるとの点を除く。右症状は、前記証拠によれば原告江口の暴行後間もなく発生したことが認められるが、暴行との因果関係を肯定するに足る証拠はない)
(四) (証拠略)を綜合すると、同(4)の事実(秋山仁志関係、もっとも原告江口が秋山を殴ったことは当事者間に争いがない)
(五) (証拠略)を綜合すると、同(5)の事実(仲田敦郎関係)
(六) (証拠略)を綜合すると、同(6)の事実(浜野裕之関係)
(七) (証拠略)を綜合すると同(7)及び同(二)の(6)の事実(鈴木清貴関係、但し監禁したとの点を除く。原告らが午前一一時五〇分頃から同日午後三時頃まで体育教員室において鈴木に対し同人を正座させるなどした上長時間詰問し暴行を加えたことは右認定のとおりであるが、右事実を以って未だ監禁したとまで断ずることはできない)
(八) (証拠略)を綜合すると、同(二)の(1)の事実(本多利明関係)
(九) (証拠略)を綜合すると、同(2)の事実(小柳博嗣関係)
(一〇) (証拠略)を綜合すると、同(3)の事実(池田浩ら七名関係。但し原告重松が出勤停止一〇日間の処分を受けたことは当事者間に争いがない)
(一一) (証拠略)を綜合すると、同(4)の事実及び被告校長浜野駿吉が原告重松に対し「このような暴力行為を再び犯したときは本校におられないものと覚悟せよ」と警告した事実(鈴木邦彦関係)
(一二) (証拠略)を綜合すると、同(5)の事実(岡田正雄関係)
がそれぞれ認められる。右認定に反する(証拠略)は、前掲各証拠と対比してたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
2 右事実によると、被告の主張する原告らの生徒に対する有形力の行使の中には、生徒に非があり教師としてこれに訓戒を加える必要が認められるものもある(前記認定事実の(一)、(五)及び(九))がそれに対し加えられた懲戒行為は生徒の非行に比べて著しく権衡を失する不相当なものであり、その余のもの(但し前記認定事実の(二)と(六)を除く)は、いずれも生徒には非行と目すべきものは認められないから、これら生徒に対してなされた暴力行為は、非行のあることを前提としてなされる懲戒とは無縁のものといわざるを得ず、殊に、昭和五二年五月の鈴木清貴に対する暴力事件(同(七))は、まさに前時代的国家における刑事事件被疑者の取調べを思わせるものであって、如何なる観点からこれを眺めても、およそ教育者としての懲戒行為とは評価し得べくもないところのものである。もとより教員は、教育上必要があると認めるときは監督庁の定めるところに従って生徒に懲戒を加えることができるけれども、体罰を加えることは禁じられているのである(学校教育法一一条参照)から、例え生徒に懲戒を加うべき必要が認められる場合においても本件原告らのなした前記認定の如き殴打、足蹴りにするなどの暴力行為は、法において許容され得ないものであるといわなければならない。しかも、原告江口は、昭和四八年三月の高橋恒夫に対する暴行事件で被告より譴責処分を受けたほか、(人証略)によると、本件その余の暴行事件の場合においても校長の知り得た限りにあっては校長より口頭で訓戒を受けていたものであり、原告重松もまた、昭和四八年六月の本多利明に対する暴行事件により校長より口頭注意を受けたのを始め同四九年四月の池田浩らに対する暴力行為で出勤停止一〇日間の懲戒処分を受けたのに拘らず、原告らは真摯に反省することなく前記の如く生徒らに対する幾多の暴行事件を繰り返したものというべきである。
3 もっとも、
(一) (証拠略)を綜合すると、原告らの昭和五二年一月八日から同年三月二四日まで(昭和五一年度第三学期)の勤務状況は、原告江口が欠勤一二日、遅刻四回、原告重松は欠勤三日、遅刻六回であることが認められるが、欠勤及び遅刻の事由は明らかでなく、右事実から直ちに原告らの勤務態度が良好でなかったということはできず、また自習回数もこれを認め得べき的確な証拠はない。
(二) 原告らが昭和五二年二月一四日被告の体育科教諭として新規採用内定者の訴外島田佐一郎と面接した際同人に対し「我々に歓迎されない人だ」と述べたことは当事者間に争いがないところであるが、(証拠略)を綜合すると
被告が昭和五二年度に体育科教諭を新規採用するにあたり、原告ら体育教員室では陸上競技を専門に修得した教諭を望んでいたことからこれを主眼にして一一名の候補者に順位をつけ校長に上申していたところ、校長においては体育教員室で下位にしていた島田を採用することに内定した。そのため原告らを含む体育教員室では校長の右措置を甚だ遺憾なものであるとし、声明文を出し校長に抗議を申し入れたりした結果、校長側では、今後採用にあたっては体育教員室の意見を尊重すること、島田を呼んで採用内定に至る経過を説明すること等を約し、前記二月一四日に島田を体育科教諭らに引き合わせた。ところが校長が約定に反して採用内定経過の説明をしないので原告江口が経過を説明する中で前記の如き発言をしたものであって、特に島田を排斥する意図をもってなされたものではなかった。そのあと開かれた懇談会では原告らは、島田に対し相協力してやっていこうと申し入れ島田もまたスキーの一級免許をとって赴任する旨答え再会を約して別れたが、島田は被告への就職を断ったことが認められる。ただ島田が被告への就職を断った事由はこれを認定し得る証拠がないので明らかでないが、右認定の事実からみる限り原告らの言動にその原因があるとはにわかに推定できないところである。
(三) 原告重松が本田利明に対する暴行事件に関し同人の担任教諭に対し「なぜ校長に告げ口をしたか」と文句を云ったことはさきに認定したとおりであり(前記認定事実(八))、昭和五一年七月頃剣道部の合宿訓練を九州で行うにあたり校長に対し「許可がなければ勝手にいく」とまで強硬に許可を求めたことは(人証略)によって認められ、原告らが、島田佐一郎の採用内定に抗議した原告らの態度を批判した教諭に対し反論したことは原告江口、同重松の各本人尋問の結果により認めることができるけれども、右のことから直ちに原告らには協調性がないとまでは云い得ないし、他に原告らが職場における協調性を欠くことの事実を認定できる証拠はない。
4 以上要するに、原告らは被告の主張するように、何事にも独善的で他の教諭との協調性に欠ける、とは認め難いけれども、前示のとおり被告(校長)の度重なる注意にも拘らず生徒に対する暴力行為を繰り返し、その暴行の程度、傷害の結果も軽視できないばかりか生徒やその父母に対する言動にも教育者らしからぬ不穏当な点もみられたことに鑑み、鈴木清貴に対する暴行傷害事件を決定的事由として、被告が、原告らを被告の教諭としての適格性に欠けるものと判断して解雇したことは、被告学校のPTAが原告らの処分を強く要求している情況下にある(この事実は<人証略>によって認められる)ことをも合わせ考えると、被告の適正な教育活動、学校運営を維持する上で洵にやむを得ないものであって正当事由の存するものと云うべく、解雇権の濫用には該当しないものと断ぜざるを得ない。
三 然るところ原告らは、本件解雇は懲戒処分であるのに適正な手続を経ていない、と主張するが、本件解雇は普通解雇であるから右主張はその前提において異なるばかりか、(証拠略)を綜合すると、被告は原告らの解雇に際し被告の主張するとおり(事実欄第二の三の3)原告らに弁解の機会を与え事実調査を経た上理事会において決定したものであることが認められるから、手続上解雇を無効とすべき瑕疵は存在しないものといわなければならない。
四 また、原告らは他の類似事案に対する処分に比し本件解雇は差別的で不公平であると主張する。
そこで案ずるに、被告の教員である関谷伊旦教諭が昭和四七年八月二六日生徒に対し暴行を加えたことにより譴責を受け、同山口敬三教諭が同年一〇月厳重訓戒を受けたことは当事者間に争いがなく、(人証略)を綜合すると、被告の教員である石橋、伝馬、中谷ら各教諭においても生徒を殴打した事実のあることは認められるが、右証拠によれば、それらはいずれもその回数は少なく、程度も軽微であって本件原告らの暴行とは比ぶべくもないから、これらの件に比し被告のとった本件解雇処置が差別的で不公平であるとの原告らの主張は理由がない。
五 以上説示のとおり被告の原告らに対する本件解雇には正当な事由があり右解雇の意思表示を無効と解すべき理由がないからこれが意思表示の無効であることの確認を求める原告らの請求は失当というべきである。
よって原告らの請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 嘉村孝 裁判官 佐賀義史)